私たちの感じるモノづくり

東京都立産業技術研究センター 墨田支所:山口美佐子 × Leather Lab MEW:片野一恵

私たちの感じるモノづくり

東京都立産業技術研究センター 墨田支所が今年初めてスミファに参加した理由とは?

山口今回スミファに参加させていただき、このような墨田で行う施設公開も「情報発信」の一つです。それぞれの事業所で、それぞれの地域の産業まつりなど様々な事業を一緒に行ったり、独自にも行っています。墨田支所は独自に平日の木曜日・金曜日に企業の方々や服飾系の学生を中心に施設公開を行ってきました。
しかし、両国に移転してから20年近くになりますが、ここに産業技術研究センターがあることを地域の方々に知っていただけていないのでは?と感じることも多くあり、また、これまで地域のイベントに参加していなかったので、スミファが話題に上がり、参加させていただくことになりました。

庄田片野さんも皮革製品の試験のために他機関を利用されているとおっしゃっていましたが、東京都立産業技術研究センターの施設を見学して、気になる機器や試験はありましたか?

片野そうですね…うちは、革は堅ろう度試験や製品の耐久試験は行っているんですけれど、においも化学的に調べられるのだなあ、と思いました。革も加工によってにおいが変わってくるんです。
ただ、うちの場合は、製品を販売するお客様、特に海外の企業との分厚い契約書に記載されている「この試験を行っているか、ナントカの機械を会社で保有しているか」などの要項に沿うのが精一杯になっていますね。検査というと、そういったイメージだったので、なにか技術を開発して発信するには何があるかな、と考えながら見させていただきました。二つほど気になるものがありますね。金型を作る前のモデルなどが気になりました。私が見たことのある3Dプリンターは、もっと簡易なものだったので。素人の方でも使用できるラボやシェアファクトリーだと、こちらの機器ほどのものはないですよね。こちらの3Dプリンターだと、より精巧なものを作ることが出来そうだと思いました。

山口片野さんの会社は工房のようになっているんですよね。

片野はい、工房です。

山口例えばオリジナル製品を作るにあたって、ちょっとしたデザイン性の留め具を作りたいと思ったときに、3Dプリンターで試しに作って製品にはめてみるということもできます。その試作が良ければ製品にできますし、そういった可能性があるのかなと思います。具体的な提案はまだないのですが、これから色々とやっているなかで、片野さんが「もしかしてあれ使えるかな?」と思っていただけたらうれしいです。


▲製品について試験、検査できる東京都立産業技術研究センター 墨田支所さん

▲革をつかったワークショップやイベントを開催、Leather Lab MEWさん

片野そうですね。パーツについては、すでに検査をクリアしているものを買って使っている状況なんです。お話を聞いていて今思いついたのは、ランドセルの留め金などですね。あれも特許の絡む部分で、学童ものというのはけっこう試験もあり、新しく発信するのがすごく狭いところだけど「何か」があれば面白いのかなと思いました。

山口ランドセルってけっこう特許なんですか。新しいものを見たことないのですけど、すごく工夫されてますよね。

片野あれは全部特許です。一発で鍵が閉まるような金具を開発すると、他のメーカーもそれを使わざるを得ないので、みんなパテント(特許)を取りたいんです。ランドセルって必ず買いますよね。

片野どの業界にも言えるかもしれませんが、ランドセル業界で革の使う方は全体の2割ですね。あとは全部合皮です。学童ものの中でもランドセルは特殊なのですが、やっぱり大手が強いです。革でランドセルを、昔だったらコードバンという馬のお尻の革も使っていたんですけど・・・

前島(実行委員)コードバンってすごく高級品ですよね。コードバンのランドセルっていくらになるんですか?すごいですね。

片野そうなの。今は革のものを2割しか使っていないから、なかなか苦戦しているけれど、その2割のなかでも、百貨店などはターゲットを限定して高級なラインを作っています。そこも金具に関しては特許の世界です。できるなら取りたいですね。

山口何かアイデアがあれば、こちらの施設もぜひ。

片野そう思っています。医療関係でも、多くの人の役に立つような開発をしている方がいらっしゃいます。そういうのを見ると、いいなあと思いますね。お金のことだけではなく、人の役に立って、なおかつ新しいものを開発すること。そういうことって、メーカーの夢なんですよ。何かひとつ作りたいです。

山口そこの見極めは難しいですね。すこし話がそれますが、主婦の発明って発想がすごいですよね。かなりヒットした商品もありますし。

片野例えば、石鹸をネットで泡立てることって昔からあった発想だと思うんですけど、それを商品化した人がいますよね。そこで商品化して、みんなが便利に使えるようにプロデュースできる人と、なにかアイデアを思いついても発信できない人は違いますね。
ランドセルの場合だと、他のメーカーのものを見ると、「この取っ手があるだけで、すごく便利だなあ、すごいな」と思うことがあります。それって、お客様のことを考えてモノづくりをしているんだと思います。特許を取りたくてやっている訳ではないんだろうと(笑)

山口どちらが先か、ってきっとありますよね。
私たちは研究職ですが、研究職やモノづくりの方って、自分の専門の分野しか見ていないことも多いですよね。その姿勢が、本当にすごく良かったりするのですが、それがいかにすごいかを上手くアピールできていない。企業の方に「うちはこれは負けない、というようなものはありますか。」と聞くと、「日々、普通のことしかしてないから、」とおっしゃいます。でも一歩違う目線で見ると、長年培った技術などを持っていることが分かったりします。そこをいかに外に伝えられるかって違いますよね。

片野うん、そうですね、大きな一歩ですよね。

山口中小企業の中でも1,2名くらいの少人数で経営している企業だと、展示会に出したり、営業活動をそこまでできないので、そこでどうやって外にアピールするか、が難しいですよね。そのように、モノづくりをされている方を上手くアピールできたら、と思います。
ただ、私たちは販路開拓やPRを専門としていないので。最近の取り組みとしては、製品を試験して、その品質を保証するような客観的なデータを示し、広く見ていただこうという活動をしています。そう言いつつも、専門分野に一直線になってしまって職員自身の開発のPRが充分とはいえませんけど・・・

片野職人さんもそうです。きれいに出来るように、ミシンの抑えも自分で作るんです。鉛をちょっと貼ったりだとか。みなさん、自分が使いやすいように道具を作ったり、改良する。それは今までは、親方が弟子に伝承していったのだけれど、今はそうではないので、何かありもので作ったりしているんです。例えば、よく私が若い子に言うのは、「包丁の柄も、みんな自分の手の大きさに合わせて削ったり調節するものなんだよ」ということですね。でも、ある物をあるがままに使うので、なかなか工夫が…そういった知恵や工夫は仕事をするうえで当たり前だったんですけれど、つくる人が道具を開発されているんですよね。あと、昔の職人さんは教えない。自分で習得するという風習があるみたいなので。

山口どこまでいいか、ってありますよね。技は盗め、というのも良いのだけれど、効率が悪いじゃないですか。今の世の中、そういうのが早いですし。なので、ある程度のコツは教えて、次に進めばいい。でも逆に、教わることが当然になりすぎると自分で工夫しない。悩まないし苦労しないから、言われたことはできるけれど次の場面になったときに試行錯誤できず、発展しないですよね。どの程度教えたらいいのかって難しいですね。一から十まで教えてしまうと、違うことができなくなってしまうのと、とても敬虔な職人さんなど指導してくれる人がいなくなったときに独り立ちできるのかという問題も出てくるでしょう。

片野そうなんです。うちは数人でやっていて、外注の職人さんに出している小さいところなので、技術が途切れるということがこわいです。なので、アナログな部分もあえて残しておいています。AIなどでできる時代が来ることは目に見えて分かっているのだけれど、そうじゃないところでしか生き残れない部分もあって、そういう人を活かす部分を残しておかないといけないと思っています。でも、あまりにもアナログな部分にこだわりすぎるとそれは趣味の世界になってしまう(笑)紙一重ではあるけれど、そういうすごい世界はあるんですよ。

山口そのこだわりがなくなってしまうと、たぶん製品も作れないし、研究者であればいい研究もできないですね。でも、こだわりすぎてしまって何も出てこないのも困りますし。

片野強いこだわりを持って作るものと機械でできるもの、今ちょうどその過渡期にいる感じですかね。いま、工場で大量に生産するものもきれいですよね、下手じゃないの。


Leather Lab MEWの片野さん

山口いま、手作りのものって流行っていますよね。趣味なのか事業化しているのか色々な人がいますが、それはそれで目指している方がいるということなのでしょうか。たしか、片野さんも職人さんの募集をされていませんでしたか?

片野そうですね。研修生のような方も募集していたのですが…

山口続くかどうか、ということですか。

片野そうです。うちでずっと人材育成のようなことをしてきたのですが、みなさんある程度できるようになると作家さんになっちゃうんです。ハンドメイド作品の販売サイトもあり、すぐに売り手になることができるんですよね。一流のプロの職人さんから言わせると、いくらでも材料費を使って作ったものを趣味で安く売られてしまうと、プロの人たちは商売にならないですよね。でも、そこでどうやって飛び抜けることができるかは、向上心や好奇心、勉強しかないです。すべてがセンスの世界ではないから。
うちが欲しい子は、プロとして下支えで作るところにこだわって、ブランド品や量産品のものも国内で作ることにこだわって仕事としてやってくれる子を育てたいです。でも皆さん作家さんになるんですよね。

山口希望して来る人はそういった人ですよね。日々日々の繰り返しの作業はあまりしたくない、と思っている。

片野実は、その日々日々の繰り返しの中に、ちょっとした発見や成長の喜びがあるんですよね。でもそれは、個人が問題意識を持って見つけないといけないものです。
手作りのものを発表して、それを評価されて買ってもらうという世界も良いし、ありだと思っていますが、そこから抜き出たところを目指す子が欲しいですね。それは育てていくしかないですよね。

山口育てればいいかって難しいですよね。ある程度、もともと原石的に持っている部分をいい方向に伸ばしていくべきかと思います。本人が最初から職人志望でないと、日々の地道な作業を投げ出してしまうのではないでしょうか。

片野どうなんでしょう。私は、嫁に来てこの業界に入ったのですが、ちょうどそのタイミングが転換期でした。うちの2階には私立の学生鞄の在庫が多くあり、学童ものからハンドバッグなどに製品を移行することにしたのです。そのときに、業界を辞めていったトップの職人さんもいたそうです。残ってくれた職人さんには、それまでとは全く違う製品の作り方をひとつひとつ丁寧に教えていったんです。その時代は、仕事をしてもらって家の一軒は建てられたようなんです。今はちょっと厳しいですね。だから、なんとか職人さんも日の目を見るような仕組みをつくりたい。特許ですかね?(笑)

山口今、なんでも安く手に入るじゃないですか。それで生活が成り立っている。高級で上質な製品をよしとする層もいるけれど、その一方で、安いものでいいという人が増えてしまったときに、生活できなくなってしまうのではないかと。収入が少ないから安い製品を買い、そうするとさらに収入が減るといった悪循環かもしれないですね。ものに対するこだわりがあればいいけれど、本当にないですよね。そこの意識が変わらなければ、高いものは売れないですよね。

庄田特に若者ですよね。みんなこだわりを全く持っていなかったり、関心が薄いように感じます。

山口その意識をどう変えるのか、ですね。きっと、有名なブランド品だったら買うと思うんです。なるべく安く買おうとするでしょうけど。

片野ブランド品の強さって、そのバックボーンもあるわけですよね。手をかけて開発して、検品もしっかりとして…といったような。一番強いのは、売れるところですね。

山口そうなると、自分たちが安いものを求めているとブランドでも値下がりしたり、生活もよくならないですよね。特許や特別な技術のあるような製品の価値が評価されて売れればいいけれど、やっぱり買いたたかれてしまう。中小企業さんが一生懸命にものを作っても。そうすると、いつまでたっても給料も向上しないというジレンマがありますよね。
企業の方で、「生産工程を改良したい」というお話をくわしく伺うと、ラインを改造して価格を下げたいといった理由や、効率化を図ることで時間を短縮して人件費を削減して価格を下げたいとおっしゃいます。でも、単価を下げることで生活はよくならないんじゃないかと、個人的に思います。あまり製品を安く作るという方向にいってしまうと、労働者の賃金が下がって、日本は成り立たなくなってしまうのではないでしょうか。経営者の方も製品を安く安くという方向になると、結局減らすのは人件費なんだ…という気持ちになります。手を動かしている方の賃金って低くなってしまいますよね。

片野そうですね、そうなってしまいます。うちは本当に小さいんです。だから表に出している外注の職人さんも、家族でやっている先なんです。不思議なんですけれど、作ることが好きな人が集まっているんです。外注先の職人さんでも、「私は一本も返品のないものを作ることを心がけています」とおっしゃる方がいます。工賃のことを考えると、うちの社長ももっと上げてやりたいと悩んでいるのですけれど、職人さんの中にはやりがいや喜びのような部分で仕事をされている方が多いです。そういう姿を見ていると、鳥肌が立つような気持になります。そういった職人さんのおかげで今は成り立っていますが、将来的には厳しいと思います。

山口毎日好きな仕事をして、十分に生活を維持できるくらいの収入があれば、そこまで多くの収入を必要としないという考えも、価値観ですよね。

片野そう、あまり多くのお金は必要ないみたいです。
なので、いけるところまではやりたいと思っています。会社の理念のようなものを掲げて確認しつつ、よりよい暮らしになるような……私たちの世代って、男女雇用機会均等法の前なんですよ。今は時代も変わって、これからは「働き方の質」であるとか、そういったところに転換していかないといけないと思います。


▲対談場所は東京都立産業技術研究センター 墨田支所にて。施設内をみせていただきました

▲施設内のそれぞれの部屋でできることをパネルで説明がされています


今回対談をしていただいたおふたりは異業種でいらっしゃるので、どうしたら対談を盛り上げることができるかと、始まる前は悩んでいました。しかし、お二人の「モノづくり」に対する姿勢や見方には共通点も多くあり、自然に話を広げ進めて下さいました。お二人の話の随所に、きらりと輝くような言葉が多くありますので、ぜひそこに注目して読んでいただきたいです。対談を担当させていただき、ありがとうございました。

取材担当:庄田佳乃子(早稲田大学)

今回の対談は作っている側、またそれを支える側という立場の違う2人の対談でした。でも、立場は違えどものづくりに携わる人たちの熱意というのは変わらず、お互いに自分の仕事を追究していました。特に自分たちの強みをどう生かすかという課題を語り合う姿が印象的でした。今回の対談で多くのことを学ぶことができました。大変貴重な機会をありがとうございました。

写真担当:鈴木まどか(早稲田大学)